大判例

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東京地方裁判所 昭和63年(特わ)2633号 判決

本籍

東京都世田谷区給田五丁目九七番地

住居

同都同区給田五丁目二番二〇号

会社役員

犬井俊幸

昭和七年三月二〇日生

本籍

東京都板橋区成増五丁目三三〇番地

住居

同都同区成増五丁目一番一一号

会社役員

石川治郎

昭和八年六月二一日生

本籍

東京都渋谷区代々木神園町一番地

住居

同都大田区田園調布五丁目二番一三号

会社役員

夏野正男

昭和一三年一一月一日生

右の者らに対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官渡辺咲子出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人犬井俊幸を懲役一年及び罰金二五〇〇万円に、被告人石川治郎及び被告人夏野正男を各懲役一年にそれぞれ処する。

被告人犬井俊幸において、右罰金を完納できないときは、金一〇万円を一日に換算した期間、被告人犬井俊幸を労役場に留置する。

この裁判の確定した日から、被告人犬井俊幸に対し三年間、被告人石川治郎に対し四年間、被告人夏野正男に対し五年間、いずれもその懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人犬井俊幸(以下、被告人犬井という。)は、有限会社犬井牧場の代表者としてその経営に従事する者であり、かつ、被告人石川治郎(以下、被告人石川という。)の経営する板橋畜産商事株式会社の負債につき負担した保証債務の履行のため自己所有の土地を譲渡した者、被告人石川、同夏野正男(以下、被告人夏野という。)の両名は、被告人犬井の右土地の譲渡による所得にかかる所得税を免れることにつき相談を受けていた者であるが、被告人三名は、共謀のうえ、被告人犬井の所得税を免れようと企て、右土地の売買につき架空の違約金を計上するとともに、土地譲渡金額のうちから保証債務の履行に充てた金額を水増し計上するなどの方法により、所得を秘匿したうえ、被告人犬井の昭和五八年分の実際総所得金額が二一四〇万四五五九円で、分離課税による長期譲渡所得金額が五億一五三六万八〇一円であった(別紙1修正損益計算書参照)にもかかわらず、同五九年三月一五日、東京都世田谷区松原六丁目一三番一〇号所在の所轄北沢税務署において、同税務署長に対し、同五八年分の総所得金額が二三六万三七一二円で、分離課税による長期譲渡所得金額が二億七八七四万六二八二円であり、これに対する所得税額が九一一〇万一九〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(平成元年押第三一六号の1)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって、不正の行為により、同年分の正規の所得税額一億九〇二八万八二〇〇円と右申告税額との差額九九一八万六三〇〇円(別紙2脱税額計算書参照)を免れたものである。

(証拠の標目)

一  被告人らの当公判廷における各供述

一  被告人犬井(二通)、同石川(二通)及び同夏野の検察官に対する各供述調書

一  臼井康雄(二通)、鈴木昌男、杉山守(二通)、吉良玄一、春日信道及び八巻敏彦の検察官に対する各供述調書

一  収税官吏作成の次の各調査書

1  収入金額調査書

2  必要経費調査書

3  保証債務調査書

4  不動産収入調査書

5  減価償却費調査書

6  その他経費調査書

7  利息収入調査書

8  支払利息調査書

一  収税官吏作成の領置てん末書

一  押収してある五八年分の所得税の確定申告書(分離課税用)一袋(平成元年押第三一六号の1)、同昭和五八年分収支明細書(不動産用)一袋(同押号の2)

(争点に対する判断)

被告人夏野の弁護人は、被告人夏野はほ脱犯の謀議を遂げておらず、また、本件所得秘匿工作への関与の程度は架空違約金の計上工作に限られるものであるうえ、その関与の態様はほ脱犯の実行行為にはあたらないから、被告人夏野は本件につき共同正犯としての刑責を負うものではなく、従犯の刑責を負うにとどまる旨主張する。

そこで検討するに、関係証拠によれば、被告人犬井は、父の代からの知人である被告人石川からの依頼により、同被告人の経営する板橋畜産商事株式会社が融資を受けるに際し保証債務を負担したこと、被告人犬井は、右会社が倒産したことから右保証債務の履行を求められ、その資金調達に窮し、かねて牧場用地として所有していた約一二〇〇坪の土地(以下、本件土地という。)を処分せざるを得なくなったこと、被告人犬井は被告人石川から本件土地の譲渡に伴う譲渡所得の課税については租税特別措置法三一条の二に定める優良住宅地の造成等の場合の特例による軽減措置が適用される旨説明を受け、これを信じて昭和五六年九月二九日本件土地の売買契約を締結したが、昭和五七年ころ右特例の適用が受けられないことが判明し、被告人犬井及び被告人石川は本件脱税を図るに至ったこと、被告人石川は、かねて親交を結んでいた被告人夏野に右脱税工作に加担するよう誘い、被告人夏野もこれに応じて、昭和五八年一月一〇日ころ、被告人ら三名は豊島区池袋所在の中華料理店「東方会館」に集まり、脱税の打合わせをしたこと、被告人らの実行した脱税工作の内容は、被告人犬井が本件土地を先に被告人夏野の実質的経営にかかる株式会社エヌ・エス・シーに譲渡していた旨の虚偽の売買契約書を作成したうえ、被告人犬井が右会社に二重譲渡による損害を与えたという名目で、右会社において被告人犬井に対し民事訴訟を提起し、被告人犬井は右会社に対し違約金一億五〇〇〇万円を支払う旨の裁判上の和解をして架空債務を計上するなどの方法によって所得の秘匿を図るものであったこと、被告人夏野は、被告人石川とともに右工作の実現に向けて種々具体的な方策を講じ、特に、自らの実質的経営にかかる会社を虚偽の売買の当事者として関与させ、その名においてなれ合いの民事訴訟を提起させるなど架空債務の計上工作の中心的部分を分担し、その報酬として一五五〇万円を受領したこと、被告人犬井は右和解調書等に基づき税理士を介して虚偽過少の申告をしたことが認められ、右事実によれば、被告人夏野が被告人犬井の昭和五八年分の譲渡所得にかかる所得税をほ脱することにつき被告人犬井及び被告人石川と謀議を遂げたことが明らかであるし、また、被告人夏野が、本件所得秘匿工作のうち代位弁済額の水増し計上、買換資産の取得価額の水増し計上等の部分に直接関与しなかったことは所論のとおりであるにせよ、被告人夏野が右謀議の下に架空の違約金の計上による所得秘匿工作につき関与した前記の行為が被告人犬井の過少申告行為と相まって譲渡所得のほ脱犯の正犯を構成することも明白であって、右工作による譲渡所得のほ脱行為は被告人犬井の昭和五八年分のその他の工作による所得のほ脱行為とともに一個の所得ほ脱罪を構成するものであるから、被告人夏野が一罪たる昭和五八年分の所得脱ほ脱罪の全体について共同正犯として責任を負うことはやむを得ないところであり、単に従犯の責任にとどまるものではない。論旨は理由がなく、採用できない。

(累犯前科)

被告人夏野は、昭和五三年一二月一日東京地方裁判所において公正証書原本不実記載、同行使、業務上横領、背任等の罪により懲役五年(罰金五〇万円併科)に処せられ、昭和五七年一一月二八日右懲役刑の執行を受け終わったものであって、右事実は検察事務官作成の前科調書によってこれを認める。

(法令の適用)

被告人犬井につき

一  罰条 刑法六〇条、所得税法二三八条一、二項

一  刑種の選択 懲役刑と罰金刑の併科

一  労役場留置 刑法一八条

一  懲役刑の執行猶予 刑法二五条一項一号

被告人石川につき

一  罰条 刑法六五条一項、六〇条、所得税法二三八条一項

一  刑種の選択 懲役刑

一  執行猶予 刑法二五条一項一号

被告人夏野につき

一  罰条 刑法六五条一項、六〇条、所得税法二三八条一項

一  刑種の選択 懲役刑

一  再犯加重 刑法五六条一項、五七条

一  執行猶予 刑法二五条一項二号

(量刑の理由)

本件は、被告人ら三名が共謀のうえ、被告人犬井の昭和五八年分の土地の譲渡所得につき架空の債務を計上するなどの方法により同年分の所得を秘匿し、虚偽の過少申告をして九九〇〇万円余の所得税をほ脱したという事案である。ほ脱金額は多額であること、所得秘匿の態様は、裁判制度を悪用して架空の債務を計上するなど極めて悪質であること、被告人石川は本件脱税による資金の融資を受けてその運用により実質的利益を得ており、被告人夏野は本件脱税工作の報酬として一五五〇万円の利益を得たこと、被告人石川は贈賄罪により懲役六月、二年間執行猶予に処せられたほか前科五犯があり、被告人夏野は累犯となる前記の前科のほか前科四犯を有すること等を考慮すると、被告人らの刑責は重いといわなければならない。

しかしながら、被告人らが本件脱税を企てるに至った経緯には、税務知識の乏しさから来る偶発的な側面も窺われ、当初から職業的に行われる脱税請負の事案とは性格を異にすること、被告人犬井は本件ほ脱にかかる本税、附帯税、地方税を完納して反省の意を表明していること、被告人石川は本件脱税による実質的利益を受けたことを率直に認め、財団法人法律扶助協会等三団体に合計五〇〇万円の贖罪寄付をしていること、被告人夏野は、本件所得秘匿工作の一部に関与したにとどまり、その役割は被告人石川に比して従属的であるうえ、報酬として受領した金銭を返済していること、その他被告人らの年齢、家庭の事情等被告人らのために有利に斟酌すべき情状もあるので、被告人らに対しては、今回に限り懲役刑の執行を猶予するのが相当であると考え、主文のとおりの刑を量定した次第である。

(求刑 被告人犬井につき懲役一年及び罰金三〇〇〇万円、被告人石川及び被告人夏野につきいずれも懲役一年)

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 稲田輝明)

別紙1

修正損益計算書

自 昭和58年1月1日

至 昭和58年12月31日

犬井俊幸

〈省略〉

別紙2

脱税額計算書

昭和58年分 犬井俊幸

〈省略〉

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